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ナイフ形石器(ないふがたどき)

今から約20,000年ほど前の旧石器時代の人々が使った石器の1つである。黒曜石 (こくようせき)やチャートなどのガラス質の石を打ち欠いて得られた石片に、鹿の角などを押し当てて細かい調整加工を施している。柄を付け、他の石片数個 と組み合わせて槍として用いられたと考えられている。
市内では、入耕地(いりごうち)遺跡(白岡地内)、タタラ山遺跡(白岡地内)、山遺跡(白岡地内)などから出土している。

入耕地遺跡(白岡地内)出土

梨(なし)

当市は、県内有数の埼玉梨の主産地であり、4月中旬には市内の梨園が梨の花で白一色となる。

歴史(れきし)

当市の梨栽培の歴史は、明治36年に栢間村柴山枝郷(現久喜市菖蒲町)の木村家から親戚筋の荒井新田の加藤家、同43年に上野 田の小島家に伝えられたのが始まりである。その後、親戚筋を中心に伝授され、昭和初期の世界恐慌を契機に、養蚕から梨栽培に移行する農家も多かった。その 後も多くの関係者の努力により、県内有数の梨生産地となった。

品種(ひんしゅ)

現在生産されている品種は「幸水」「豊水」などが中心である。幸水は当市で多く生産されている品種で、果汁が多く、 甘くて柔らかな歯応えが特徴である。豊水も生産量が多く、甘みに酸味がプラスされたさわやかな味が特徴である。当市ではこの2種類で全体の生産量の大半を占めている。
梨の収穫は8月上旬の幸水から始まり、収穫された梨は共同選果場で選果されて市場に出荷される。選果場では直売もしている。9月になると豊水の収穫の最盛期を迎える。

花かけ・交配(はなかけ・こうはい)

梨の交配は人工授粉で行われている。以前には蝶や虫によって、自花授粉で行われていたのが、消毒作業が盛んになり、蝶などが少なくなったためである。
人工受粉はあらかじめ他品種の花粉をとっておき、綿棒などの道具で花粉を人工的に授粉させるものである。梨の花が咲くと農家では家族総出で、また親戚や知り合いに頼んで行われる。
梨園
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梨選果センター

地域農業基盤確立農業構造改善事業として平成9年、荒井新田に完成した白岡市特産の梨の選果処理施設。エリア方式選別、カラー測定、面積測定などに新鋭機器が活躍している。
梨選果センター